杉はもう悪者じゃない!!!(朝日新聞掲載記事)

杉はもう悪者じゃない!!!(朝日新聞掲載記事)

調湿、大気浄化、リラックス効果・・・

建築材としては格下で、花粉症の代名詞のように扱われ、マイナスイメージが強い杉。しかし最近の研究で、すぐれた調湿や空気清浄機能を持ち、人をリラックスさせる効果が大きいことなどが次々に明らかになって来た。杉の香り成分ががん細胞の増殖を抑える可能性を示す研究結果もあり、医療へ応用する研究も期待されている。

国宝・正倉院の宝物。さびやすい鏡や刀、変色や劣化を起こしやすい服や紙が、今も1300年前とほぼ変わらぬ姿を見せているのは驚きだ。その裏に日本固有の樹種、杉の存在がある。

正倉院の唐櫃は、杉

杉は断熱性や調湿機能に優れる。宮内庁職員(当時)の成瀬正和さんは2001年4月のほぼ1ヶ月、温度と湿度を測定。外気の湿度は10~100%を記録したが、ヒノキで作られた校倉(あぜくら)造りの庫内は50~80%、宝物を入れた杉板製の唐櫃の中は60~70%と極めて安定していた。一般的にカビやサビを防ぐには湿度70%以下、書籍の保存は40~75%が望ましいとされる。

立ち木から出るフィトンチッドが人をリラックスさせる森林浴効果は広く知られているが,伐採後の材木からも樹種固有の香り成分が常時漂い出て、大気中の汚染物質を吸着し浄化すると同時に、人体によい影響を与える。

京都大学名誉教授の川井秀一さん(木質材料学)の研究では、杉材の浄化能力は極めて高く、二酸化窒素の吸着量はブナの5倍、ヒノキの6倍。シックハウスの原因物質ホルムアルデヒトを吸着することなども確かめられた。

内装に杉板を使った家に住む人から「眠りが深くなった」「風邪を引きにくくなった」「肌がきれいになった」などの声が出ていることを知った川井さんは、杉の香り成分が体に与える影響を調べた。

がん細胞の増殖抑える可能性

杉板を張った部屋と、そうでない部屋で30分間計算。作業効率は両部屋で変わりがなかったが、ストレスを加えると増える酸素α ー アミラーゼは杉板のない部屋で増え、ある部屋で逆に減少。緊張や興奮で活性化する交感神経は杉板がない部屋で活性化するが、ある部屋では抑えられたまま。香り成分が持つリラックス効果が確認された。

免疫力が高くなると増える物質が、杉の机や椅子を置いた学校に通う生徒の体内に多いという研究結果もある。

がんを巡っても興味深い実験結果が出た。川井さんらのグループは、その発現ががん細胞の増殖と関連が深いとされる「熱ショックたんぱく質(Hsp)70」に着目。脳腫瘍細胞を43度で2時間加熱するとHsp 70 は2・5倍に増えたが、加熱中に杉の香り成分を与えると、ほとんど増えなかった。川井さんは「まだ細胞レベルだが、杉の香り成分ががん細胞の増殖を防ぐ可能性があるかもしれない」と話す。

同じ杉でも、漂い出す香り成分の量は産地や条件次第で変わる。数ヶ月間、天然乾燥させた材木のそれは、現在主流の、100度以上の高熱で乾燥させた材木の2倍以上。色が濃い、木の中心部(心材)は、色が白い周辺部(辺材)より多く、木を縦に切った「板目」より株の面「木口」の方が多い。つまり、天然乾燥させた心材の木口から、香り成分が最も多く漂い出す。

発達障害の児童  落ち着いて勉強

建築会社ホームアイ(大阪府羽曳野市)社長で2級建築士の藤田佐枝子さん(73)は、板目を横切る形に等間隔で5ミリ程度の溝を堀り、木口の表面積を増やした「杉木口スリット材」を川井さんと共同で開発。杉を多く使った部屋で過ごすと病気が軽快した体験から杉の効用に着目、スリット材を内装に使うリフォームに取り組んでいる。

アトピー性皮膚炎の1歳女児は「枕元にスリット材を置いたところ湿疹が消えた」。畳を杉に替えスリット材を壁に張った30代男性は「せきが止まり熟睡できるようになった」という。

大阪府吹田市の真野仁美さん(51)は、十数年前から内装は杉が中心。化学物質過敏症と思われる症状と食物アレルギーが出ていた長男は、杉板とスリット材をふんだんに使った家に移った直後、症状が軽快。自身も職場の内装が変わって体調を崩したが、スリット材を枕元に置き熟睡できている。

発達障がい化学物質過敏症のある子ども向けの学習塾「ななつ星](大阪市)は3年前、床を杉板に替え、壁は腰の高さまで杉板を張り、一部をスリット材にした。教室に入ると杉の香りが漂う。諸学校教員だった代表の高橋智子さん(47)は「厳密な比較はできない」と前置きした上で話す。「発達障がい児の中には、小さな環境の変化や刺激に反応しパニックを起こす子もいるが、この3年、20人の教え子はみな教室で落ち着いて過ごせている。何より教える私が疲れを感じない」  (細川剛毅)

〈2019年6月15日(土) 朝日新聞『be report』記事全文〉